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ロダンの有名な彫刻「考える人」。誰でも写真やテレビで一度は見たことがある最も有名な芸術作品のひとつだ。
ところでこの「考える人」。タイトルからして、きっとロダンは人生の大きな問題に苦悩する人間をテーマに作ったのではないかと思われる。
この像は、もともと「地獄の門」という高さ5.4m、幅3.9m、重さ7tもの大作の一部だ。門には地獄へ落とされる罪人たちがうごめく様相が立体的に表現されており、「考える人」は門の上に座り、眼下に広がる地獄を覗き込んでいる。そうすると「考える人」ではなく「見ている人」ではないか?と思うが、もともとこの作品のタイトルはロダンがつけたのではなく鋳造家のリュディエがつけたもの。ちなみに「地獄の門」は、東京の上野にある国立西洋美術館に展示されている。もし話ができるのなら「考える人」に「実際のところ何を考えているの?」と聞いてみたいものだ。
オリンピックで優勝するともらえる金メダル。優勝の喜びに加えて、あんなに大きな純金の魂をもらえば、さぞ夢心地だろうとお考えのあなた。残念ながら金メダルは純金製ではない。金メダルの仕様は、純度92.5%の銀台に、6グラムの純金でメッキ、大きさは直径6センチメートル以上、厚さ3ミリと、オリンピック憲章第45条に定められている。金は非常に柔らかく伸びる性質を持っているため、わずか1グラムでも畳1帖の1/3ほどに伸ばすことが可能。6グラムもあればメダル1個をおおうには充分なのである。最近の金相場から考えても、金メダルは2〜3万円の代物ということになる。ただし金メダルの価値は、その原価にあるのではなく、欲しくともなかなか手に入れない勝利の証という点にあるから、値段はあってないようなものなのかもしれない。ところで、メダルのデザインはオリンピック憲章には規定がない。夏季大会の場合は、1928年のアムステルダム大会以来ずっと同じものが使われているのだそう。
一般に全く自分とは関わりのない、縁もゆかりもない他人のことを「あかの他人」というが、じゃあ、よく知っている他人は「あおの他人」で、ちょっとだけ知り合いだと「きいろの他人」というかといえば、そんなことは決してない。そもそもこの「あか」というのは色の「赤」ではないという説がある。もちろん「垢の他人」でもない。
それでは、この「あか」とは何なのか?一説によると、この言葉は仏典に由来するもので、「阿伽」または「閼伽」と書く。仏様にお供えする浄水、または香花を入れた水というのが本来の意味。そこから転じて、「あかの他人」とは、水のように冷たい関係、すなわち全くの他人という意味で使われるようになったというのだ。
だからといって、関係の冷たい知り合いのことを「あかの知人」とはいわないので、お間違えのないように。
イギリスを除く欧米の多くの国では車は右側通行、日本は左側通行。そのため車のハンドルも欧米は左側、日本は右側についている。
日本の左側通行は、もともと武士の刀と深い関係がある。刀は通常左側に指していたため、お互いの刀がぶつからないよう、またいざというときのために刀を抜きやすいように道の左側を通っていた。庶民も、旅先で追いはぎや山賊に出合う危険性があるために、旅行中に限って「道中差し」と呼ばれる短剣を持つことを許されていた。
ヨーロッパでも中世は日本と同じ理由で左側通行だった。しかし、銃の誕生とともに事情は変わった。銃を抜きやすい利き手側、つまり右側を歩いた方が安全になったのだ。特にアメリカの場合は、歴史の始まりとともに銃が存在していたために右側通行となったのだ。
東西は違えど、通行の左右が武器に関係しているのは同じといえる。
ペットボトル入りのジュースや、醤油などの調味料は増えたのに、なぜペットボトル入りのビールはないのか?ペットボトルにすれば軽くて持ち運びに便利だし、同じ容積のボトルを作るのに必要なエネルギーもガラス瓶の半分以下で済む。
この疑問を解決するには、ペットボトルについて知る必要がある。ペットボトルのペットとは、ポリエチレンテレフタラート(P=ポリ、E=エチレン、T=テレフタラート)の略号の読みのこと。「ポリ」はポリマー、つまりプラスチックなのだ。ポリマーはコンタクトレンズにも使われ、酸素や二酸化炭素を通す性質がある。そのため、二酸化炭素が抜けて気の抜けた状態になったり、酸素を通してビールの味に変化が生じると微妙な味わいを重視するビールの容器としては困るのだ。
また、ビールは光を嫌うため、光を防ぐ茶色い瓶の方が向いている。ビール瓶の再生率は99%と優れているため、環境にも優しいのだ。

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Author:セレクト九州編集部2
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