「ちょっとした知恵袋」や「お手軽脳体操」などの情報皆さんにお届けします。
 誰でも最初から100メートルを9秒台で走れるわけではない。

 長年の努力と練習のたまものなのだ
 
 しかし、その理由を「運動神経が悪いから、きっと遺伝なんだな」と諦めてはいないだろうか。

 確かに、「遺伝」の一言で片付ければ、運動神経が悪いのも納得がいく。
なぜならそこで思考をストップさせてしまうからだ。

 しかし、本当にそうだろうか


 運動神経とは、運動に関する指令を脳から脚や腕などの全身の筋肉に伝える神経の束のこと。
年齢を重ねるにつれ細くなり、運動神経も落ちてくる。

 運動神経が良いということは、脳から筋肉へ動きを伝えるスピードが速いということ。
先天的に備わっているものではない。

 練習を重ねて脳への刺激を活発にして、体の反応をスムーズにすることで運動神経は良くなるのだ。

 だから運動好きの両親と一緒に子どもの頃から体を動かしていれば運動神経の良い子供になるし、その逆もある。

 環境によって人間の体は変化するのだ
 味付けは「さしすせそ」の順で、とは昔からよく言われてきたこと。

 聞いたことがある人も多いはず
では「さしすせそ」は、それぞれ何のことかご存知ですか??

 正解は、「さ」は砂糖、「し」は塩、「す」は酢、「せ」はしょうゆ、「そ」は味噌で「さしすせそ」。

 この順番が味付けの基本です。

 では、どうしてこの順番がよいのでしょうか


 まず、食材の水分を引き出して固くしてしまう性質のある塩は、砂糖の後に。
甘味系の調味料は先に塩やしょうゆを加えてしまうと、素材にしみこみにくくなってしまうのです。

次いで、三番目は食べ物の臭みを抜いて、柔らかくする酢。
そして四番目、五番目はしょうゆと味噌。
あじと香りは最後につける―と、こういうわけです。

 こんな具合にきちんとした理由があるのですから、味付けの順番でひと味違ってしまうことになります。

 ぜひ覚えておきましょう
 よく芸能人が実際よりも年齢を若くごまかしたりするときに「○○は5歳もさばを読んでいる」などと使うように、数をごまかしたり、いい加減に数えたりすることを「さばを読む」という。

 この語源についてはさまざまな説がある

 一般的なのは、鯖を素早く数える早業の前に、いつのまにか数をごまかされてしまっているということから来ているという説。
 
 確かに魚市場や魚屋で、鯖や鰯など小魚が数えられている様は神業のように素早い
また、「さば」は梵語だという説もある。


 梵語で「さば」の意味は「生飯」。すし屋でお客から注文を受けて寿司を握るとき、ご飯粒を飯台につけておき、数を数えるという方法があるらしい。

その際、時々ごまかすこともあるということから、「生飯を読む」=「さばを読む」となったというのである。

 ほかには「刺鯖」の数え方に由来するという説
「刺鯖」とは、江戸時代、関西で贈答品として用いられたもので、干し鯖2枚で1つと数えた。
この2つが1つになるところから、数がごまかされることを「さばを読む」というようになったという
 日本では個人宅を訪問する場合、コートを玄関前で脱いでおくのが常識でしたが、近年欧米風にコートのまま玄関に入るようになりました

 これは、「玄関先で結構です」、といった意味合い。
そこで相手の「どうぞ、おあがり下さい」という招きいれがあれば、それにこたえてコートを脱ぎます。

 会社を訪問するときなどは、受付の前にコートやマフラーのたぐいは脱ぎましょう。
受付に自社名・氏名、訪問相手の部署と名前、用件を申し出て取次ぎを頼みます。

 はっきりと受け答えすることを心がけてください

 どちらの場合も、訪問する際はアポイントメントを必ず取ることが大切です。
必ず訪問前に電話で都合を聞いてから。
 
逆の立場になって考えれば、忙しいときに約束もなしで突然の訪問を受けるのは、迷惑以外の何者でもありません。

 忘れないようにしましょう
 最近はキャンプなど、アウトドアが盛んです。
キャンプや飯ごう炊さんでは、まず火をおこさなければなりません

 でも、慣れないことだけに結構難しかったりします。

 アウトドアの火の起こし方は、新聞紙に火をつけ、うえに載せた小枝に火が移ったら、その火をさらに薪に移します。
しかし、雨の降った後など小枝が燃えにくかったりすると、上手に燃えてくれず、かなり苦労します

 そんなときは、牛乳パックを使ってみましょう

 牛乳パックには、ロウが付いているので火が付きやすく、新聞紙より長持ちするのです。
牛乳パックを細い棒状に切って、丸めた新聞紙の上におき、その上に小枝を並べます。

こうして新聞紙に火を付けると牛乳パックの火持ちがいいので、上手に火をおこすことができます。

 たくさんあると薪が燃えにくいときに、とても助かります。

 キャンプの予定が立ったら、牛乳パックをためておくといいかもしれませんね
 初詣などの参拝の折、運気を占う為におみくじを引く人は多い
大概は、引いたおみくじを神社の木に結ぶ。

運気がよければ願い事が結ばれるように、悪ければ凶運を自分の身代わりとして引き受けてもらうため・・・ と理由はいろいろあるが、この習慣は神社によって歓迎してないところもある

 というのも、枝に紙を結ぶことで木が弱ったり、雨露に濡れて朽ちた紙は、見た目にも美しくないからだ。
最近では枝におみくじを結ばないでくださいという注意書きのある有名神社もあるほど。

 とはいえ、多くの神社ではおみくじを木に結ぶのは習慣化しているし、あえておみくじ結び用の木を用意している社もある。
結ばれたおみくじは、定期的に集められて「お炊き上げ」と称して燃やされる

 この儀式によってあなたの大吉も凶もおみくじすべてが清められ昇華するのである。

 おみくじが大吉であったら、昇華せずとも、いつまでも自分のもとに吉を運んできてくれればいいのだが・・・・・
 おなじみ「今何時かい?」の文句で有名な落語の「時そば」。
これが上方落語になると「時うどん」となる。

 これは関東がそば、関西がうどんの文化圏であることからきているのだが、関西と関東ではうどんとそばのメニューの呼び名が違うものもある
 
 東京の人が出張に行ってうどん屋で「注文したのと違うものが出てきた」と混乱するのはそのためだ。


 一番有名なのは「たぬきそば」。関東のそば屋でたぬきそばを注文すると揚げ玉の入ったそばがでてくるが、関西では油揚げの入ったそばが出てくる。
 つまり関東でいう「きつねそば」が関西では「たぬきそば」なのだ。
ちなみに揚げ玉も関西では「天かす」と呼ぶ。

 それでは関西で揚げ玉の入ったそばやうどんを食べたい場合、どうすればいいのか。

 かけそばや素うどんを注文して、揚げ玉は無料でテーブルの上においてあるのでそれを入れればいいのだ
 公衆電話ボックスに入ってふと電話の上を見ると、小さな鏡がついているのにお気づきだろうか?

 あの鏡、あたり前だが自分の顔に見とれる為についているのではない

 では何の為の鏡かといえば、自分の後ろを見るため、つまり公衆電話ボックスにならんでいるひとを映す為なのである。


 公衆電話ボックスに並んでいて、なかなか前の人が電話を切らず、イライラした経験はないだろうか。
そういう場合、はなしているほうは意外と、並んでることに気づかないでくだらない話をしているもの。

そんな使用者に、後ろに並んでいることを知らせる為の鏡なのだ
マナーを心得た社会人ならば、鏡に映った長蛇の列を見て、無神経な長電話などできないはず。

過去には、長電話が原因で殺人事件も起きているというから、たかが長電話とあなどるなかれ。

 しかし最近は、携帯電話の普及で公衆電話ボックスを使用する人も少なくなってきているので、いらぬ心配か・・・
 お正月などによく見かけるお餅つき
つき手と返し手の呼吸がリズミカルにぴたりと合うさまは、見ていて気持ちがいい。
こんな風に、ふたりでなにか作業をしているとき、お互いの微妙な呼吸がぴたりと合うことを、「あうんの呼吸」という。

 この場合「あうん」の意味は、吐く息と吸う息のこと

 「阿吽」とも書き、もともとは仏教用語である。
梵語「ア・フーン」を音訳して「あうん」となった。
「阿」は母音の最初の音で発音するときは口を開き、「吽」は最後の音で発音するときに口を閉じることから「阿吽」は物事の「始まりと終わり」を表すともいわれている。

 密教では、「阿」は万物の根源、「吽」をいっさいが帰着する智徳としている。

 神社で見かける対になった狛犬の顔をじっくり見ると、一方は口を開き、もう一方は口を閉じている。
また寺社の門にいる仁王像も同様だ

 どちらも「阿吽」を表しているのである。
 高速道路走行中、急にもよおしたら、あなたは間違いなくパーキングの公衆便所で用を足し、ホッとすることだろう

 そもそも公衆便所とは、いつごろ登場したのだろう。
 
 安土桃山時代に日本にやってきたポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが、「日本の公衆便所はとても清潔で文化的」といっているように、少なくとも安土桃山時代には、公衆便所は存在していたようだ
 江戸時代になると、街中に町人用の公衆便所が作られたが、町人用とはいえ身分に関係なく使用できた。
関西では路地や便所の前に小便多担桶をおいて、男性はもちろん女性までもがその中に小用をたしていた。

 汲取便所は鎌倉時代には既にあったとされており、溜められた人糞は大切な肥料として扱われていた。
 江戸時代になってもそれは変わらず、長男の便所は共同で使用されていたが、溜まった物は江戸では大家さんの財産として、関西では出した本人のものとして売買されていたのである。

 今じゃ信じられないがホントの話だ・・・
 ロシアを訪れた日本人が、ロシア人同士の口喧嘩を始めて目の当たりにしたら面食らうことだろう
 
 ロシア語を話せないにせよ、その口数の多さといったら「一言で済むことを10倍20倍の罵倒と罵り、けなし言葉で費やす」で返す迫力だけは伝わるだろう。
なぜならロシア語は、「世界でも類を見ない罵り言葉の宝庫」と呼ばれているのだから

 ロシア語についてこう語るのは、「海燕の歌」、「どん底」などの作品で知られる作家マクシム・ゴーリキー。どの言葉と比較して「類を見ない」といっているかは謎としてもこの主張にうなずくロシア文学者・通訳者は多い。

 また、元ソ連圏の共和国を訪れたある日本人通訳者が聞いた話によると、その国の言葉には罵り言葉はほとんどないので、喧嘩する時だけロシア語で話す、という土地の人の話に「これはゴーリキー説を裏付ける」と思ったとか。

 いずれにせよロシア人にしてみれば迷惑な話には違いない

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Author:セレクト九州編集部2
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